台湾の蔡英文(ツァイインウェン)政権が脱原発政策を加速させ、代替エネルギー開発が本格化し始めている。だが電力確保は綱渡り状態。構想通りに「原発ゼロ」を達成するには課題が残されている。(台北=西本秀、高田正幸)
 ボートの舳先(へさき)に掲げられた旗が、吹き抜ける風にはためく。台湾西部、苗栗県の漁ログイン前の続き港を出て沖に約3キロ、海上にそびえる二つの風力発電機が迫ってきた。
 海面からの高さは約90メートルあり、回る羽根は長さ約60メートル。独シーメンス社製で、計8メガワットの発電容量がある。発電事業者によると、約8千世帯に電気を供給する発電量が見込まれるという。
 風速10メートル前後の風が継続的に観測される台湾海峡を経済部(経済省)は「風力発電の適地」とみる。この2基はモデル事業として昨年から売電を始めた。
 今後、苗栗のほか沿岸の彰化県などの沖合に計5・5ギガワット分の風力発電海域を民間資本で開発。数百の発電機が林立する規模となる。欧州企業に加え、日本の三菱重工業日立製作所なども参入し、投資額は9625億台湾ドル(約3兆5千億円)を見込む。
 再生エネルギー開発は、2016年の政権交代で発足した民進党の蔡政権の肝いり政策だ。総統選で脱原発を訴えた蔡氏は同年10月、稼働中の各原発を稼働40年で停止し、25年に原発ゼロとする方針を決めた。
 きっかけは東京電力福島第一原発の事故だ。
 台湾では、二つの原発が台北市の中心から30キロ以内に立地し、第4原発の建設が約40キロの海岸で進んでいた。以前からあった反対運動が日本の事故を機に拡大。前政権は14年に第4原発の凍結へ追い込まれた。市民団体・台湾再生エネルギー推進連盟の高茹萍理事長は「事故後、脱原発を求める世論調査の数字が一気に増えた」と振り返る。
 蔡政権の計画では、16年の段階で総発電量の12%を依存する原発に代わり、25年に風力や太陽光など再生エネルギーの割合を20%に増やす。
 今年7月には、凍結中の第4原発に貯蔵していた燃料棒を海外に運び出す作業を始めた。現在稼働中の原発は第2原発と第3原発。第1原発の原子炉2基は今年と来年に使用期限を迎えるため、保守点検に合わせて運転休止が続いている。
 5月に洋上風力発電のモデル事業を視察した蔡氏は「『非核家園(原発のない郷土)』の実現が我々の目標だ。期限通り原発を止めていく」と宣言した。
 ■電力確保は綱渡り、産業界から懸念も
 「使用率94% 電力供給が逼迫(ひっぱく)しています」
 この春以降、テレビ画面の片隅には、電力需給のバランスを伝える「電気予報」が度々、表示された。供給に需要が迫ると「黄信号」がともる。節電を促す効果を期待したものだ。
 台湾電力によると、4~8月、余力が10%以上あった緑信号の日は13日間だけ。黄信号が連日続き、より警戒度が高いオレンジ信号は18日間あった。
 台湾当局代替エネルギーの開発を急ぐが、予算執行をチェックする監察院審計部が7月に発表した調査によると、風力発電や太陽光発電に加え、将来の基幹電源となる天然ガス発電の整備は期待通りに進んでいない。用地確保の難しさや環境対策強化が原因で、審計部は「更なる努力の余地がある」と指摘した。
 経済界は不安を抱く。台湾を代表する企業の一つ、遠東集団の徐旭東会長は6月に「電力不足を解決したいなら原発の運転を再開することだ」と苦言を呈した。主力の半導体産業への影響や料金値上げを懸念する声もある。
 台湾では昨年8月、人為ミスをきっかけに台湾全土の半数の世帯が停電する事態を招いた。管理運営や送電網への不安も根強い。
 今年は11月に統一地方選がある。馬英九・前総統をはじめ野党の国民党は原発の活用を訴えている。蔡氏の支持率は低迷しており、政権の行方が原発ゼロ実現の成否を左右しそうだ。
 エネルギー政策を担当する沈栄津・経済部長(経済相)は「今後、新規の発電施設も建設する。目標達成は問題ない」と強調。日本企業を意識し、「安心して投資を続けてほしい」と訴えている。
 台湾で昨年開かれた国際会議に参加した環境エネルギー政策研究所の松原弘直・主席研究員は、環境や安全を重視した蔡政権の思い切った政策転換を評価したうえで、「再生エネルギーについてはかなり高い目標設定だ。送電網の整備や産業界の抵抗など課題は多い」とみる。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13672447.html?rm=150