2014年5月21日水曜日

たった1個あるいは数個程度の放射線の飛跡でも、人間にがんを起こす」


『原子力資料情報室通信』第340号(2002.9.30)より

連載・低線量放射線の影響をめぐって(その1)
被曝していない細胞にも影響が伝わるバイスタンダー効果
 ここ数年、低線量放射線被曝の影響についての議論がさかんだ。これは放射線防護の基準をゆるめて、放射性廃棄物の処分や放射能で汚染された原子力施設の除染の経費などをいかに削減するかを画策する動きと連動している。他方、これまでの放射線影響の概念をくつがえすような新しい現象も明らかになってきた。本誌338号の崎山比早子さんによる「被曝の影響は孫の代までも」でも、被曝がもたらす継世代影響について具体的、包括的に伝えてもらった。これらの動きをめぐっての議論、そしてこれまでの放射線防護体系はどのようにつくられ、なにが問題なのかを検証してみたい。
しきい値はあるのか?  ないのか?
 いまの放射線防護の基準は、このレベル以下だったら安全という放射線量はなく、被曝線量に応じてがんや白血病が発生する確率が増えるという、しきい値のない直線反応関係(LNT: Linear-Nonthreshold Dose-Response)を前提としている。しかし、その考え方にもとづき設定された基準値も、原子力発電所を運転しつづけるためにはこれくらいの被曝はがまんしなければならないという量にほかならない。
 コスト削減のため防護基準をゆるめようとする勢力は「いまのLNT仮説にもとづいた基準はあまりにも保守的すぎ、低線量域では、健康リスクの過大評価となっている」「低線量被曝にはなんの影響もなく、むしろ健康にいい効果もある」などと、現在の防護体系を攻撃する。
 アメリカ放射線防護測定審議会(NRCP)の科学委員会は、この直線しきい値なし線量反応モデルの妥当性を検討するため、これまでに報告されている文献データを再評価し、科学的視点からまとめるという作業を行なった。1999年10月にドラフトをインターネットで公開し、広く意見を求め、2001年6月にはNRCPレポートNo.136として発刊した。
 報告書は「低線量被曝にともなう多くの健康リスクに対して、しきい値のない直線線量反応関係を前提とすることを否定するだけの十分な証拠は存在しない」と結論した。さらに、「多くの科学的データがしきい値のない直線仮説を支持しているが、ごく少ない線量からの健康影響の確率は小さいために、仮説の妥当性を証明することも否定することもできないであろう」という見解を示している。
 つまり現在のところ、しきい値があるともないともいえないというのだ。しかし、このところ分子生物学的手法での解析、また加速器と顕微鏡を組み合わせたマイクロビーム照射装置などの開発により、さまざまな低線量放射線の影響があらたに確認されている。
これまでの概念をくつがえすバイスタンダー効果
 これまで一貫して低線量被曝の危険性を訴えてきたジョン・ゴフマンは、「たった1個あるいは数個程度の放射線の飛跡でも、人間にがんを起こす」と主張してきた。このゴフマンの主張をはっきり証明し、またいままでの放射線影響の概念をくつがえすような現象がつぎつぎと明らかになってきている。
 米国コロンビア大学のHei,T.K.らのグループは顕微鏡で位置合わせをしたうえで、ねらいを定めた細胞に望みの数のアルファ粒子を当てることができるマイクロビーム装置を使って、ハムスター卵巣細胞CHO-K1の中にヒト1番染色体を入れた細胞核にアルファ粒子を照射した。1個当たっただけで20%の細胞は死に、生き残った細胞にも変異が起こることを初めて証明した(Proceeding National Academy of Science,USA,94,3765-3770,1996)。
 同グループは同じように細胞質にもアルファ粒子を照射し、細胞が変異することを明らかにした(Proceeding National Academy of Science,USA,96,4959-4964,1999)。細胞質に放射線が当たって死ぬ細胞は少ないので放射線の影響は変異として残り、細胞核に当たるよりもっと危険であるとも言える。
 これまでは細胞の中に標的を想定して、ここに放射線という「弾丸」が命中することで細胞が死にいたるという考え方がされてきた。しかし、この「標的理論」はくつがえされ、照射された細胞の近くにある照射されていない細胞にも被曝の情報が伝わることが明らかになったのだ。これらの現象は「バイスタンダー(Bystander)効果」と総称されるようになった。どのようにしてこんな現象が起こるのかというメカニズムや、なにを媒体としているのかはまだ解明されていない。
安全量は存在しない
 この効果は、アルファ線に限らずエックス線などでも起こり、線量効果(細胞あたりのヒットの数と生物に対する影響の対応関係)も認められている。また、放射線照射した細胞培養液で処理した場合、照射されていない細胞の細胞死が増すという報告(Mothersill C.ら,Int J Radiat Biol.72,597-606,1997)も出てきて、細胞以外の標的もバイスタンダー効果が起きるひきがねとなる可能性も示された。
 これら一連の結果は、放射線で遺伝子が直接傷つけられなくても、細胞に突然変異や発がんが起きる可能性があることを明らかにした。細胞と個体とは直接的には結びつかないにしても、線量が低いからがんにはならないなどとは、まったく言えないことを示している。
 これまで、原子力発電所や再処理工場周辺でがんや白血病が発生したとき、「こんなに低い被曝線量ではがんや白血病は起こり得ない」と放射線被曝との因果関係を否定され続けてきたが、どんなに線量は低くてもがんや白血病を発生する可能性があるのだ。
日本での議論
独自の主張を持っているのか?
 原子力安全委員会は、JCO事故の反省と2001年の省庁再編によって独立性と機能を高めることを求められた。そして「行政庁とは独立し、国民の立場に立って、科学的・客観的知見をよりどころとした適切な総合判断を行ない、所要の政策の企画や、行政庁の行なう安全規制業務のダブルチェックを行なう役割を果たす」という認識のもとに、新体制がしかれた。放射線障害防止基本専門部会の低線量放射線影響分科会(主査:丹羽太貫京都大学放射線生物研究センター教授)はこれらを背景に2001年9月にスタートした。この分科会の目的は、低線量放射線リスクの科学的基盤を明らかにした報告書をまとめることであるが、かなり率直な議論が展開されている。
 バイスタンダー効果については、松原純子安全委員会委員長代理から「たとえ細胞レベルでこのような現象が起きても、個体の放射線に対する反応には、障害があっても必ずそれを修復する作用があるはずだ。発がんまでのプロセスにおいて働くさまざまな防御機構が現実には介在する」という強い主張がたびたびなされた。それに対し丹羽主査は「修復作用はあるだろうが、防護機構についての確かなデータはまだない」とし、現時点での科学的知見にもとづいた報告書をまとめたいと強調した。
 低線量放射線影響研究体制のありかたをめぐる議論では、これまでの研究体制に対する批判と、専門の科学者としての自嘲とも深い反省とも受け取れる、つぎのような発言が出た。
 「日本には広島・長崎の原爆被爆生存者の疫学調査の解析があり、重要な役割を果たしてきたのに、リスク評価においてはなんの役割も果たしていない」
 「すべての説明責任を「ICRP(国際放射線防護委員会)がこう言っている」ということですませてしまっている。日本は独自の主張を持っているのか?」
 「これまで原子力開発側の要望に則してきてしまっているが、ほんとうに中立的な日本版BEIR委員会またはNRPBのような機関が必要だ」
 「日本では放射線生物学をやっていると、それはまっとうな科学者ではないというような感覚すらある。大学院で放射線生物学をやっても就職先が見つからない。これが現実だ」
 「放射線生物学をやるということに胸を張る人がだんだん少なくなっている」
 「社会のニーズを喚起して、研究者として拠って立つところを構築しなければならない」
 こうした発言は、実態をどうにかしなければならないとする決意表明のようにも受け取れるが、まさに科学者としての姿勢が問われていると思う。
ホルミシス効果を強調したかたよった議論
 もうひとつ低線量放射線分科会で、強く印象に残った委員の発言がある。「かつて『アルファ粒子1個でも突然変異を起こす』という研究にもとづく報告をしたところ、原子力安全研究協会からクレームがついた」というのだ。
 低線量の生体影響の研究でも、低線量被曝はむしろ健康にいいんだという「放射線ホルミシス」のような研究は電力会社などからもてはやされ、新聞や雑誌などでも特集が組まれ大々的に宣伝されてきた。それに対し、危険性が高いことを示す研究に対しては、研究報告することにも圧力がかけられることもあるという実態が垣間見えた。
 9月25日、電力中央研究所低線量放射線研究センターの主催で、「低線量生物影響研究と放射線防護の接点を求めて」をテーマとする国際シンポジウムが開かれた。ICRP第1委員会委員長のロジャー・コックス氏、チョークリバー研究所(カナダ)のロナルド・ミッチェル氏、大阪大学医学部の野村大成氏、丹羽太貫氏、松原純子氏、長崎大学の渡邊正己氏、電力中央研究所の酒井一夫氏らが講演をした。
 その後の電力中央研究所名誉研究顧問の田ノ岡宏氏が座長となり行なわれた総合討論は「低線量放射線は生体に対しプラスかマイナスか?」、クイズと称して「よい影響、悪い影響、どっちが多い?」を問うことに終始したひどいものだった。真剣に研究に取り組んでいる科学者からは「そういう質問には答えにくい。確かに応答はあるけれど、すべての場合に防護作用が働くと錯覚しまうことは危険だ」、「基本的にはわからない。免疫機能は高まっても、なぜそうなるかが究明されなくてはならない」などの発言があった。各講演ではさまざまな問題提起がなされた。しかし、座長の田ノ岡氏はそれらの内容を踏まえることなく、放射線ホルミシス効果を支持する姿勢を前面に押し出すだけで、まじめに研究に取り組んでいる科学者に対してはとても失礼な態度だったと思う。
 先に述べた低線量放射線影響分科会では、これまでに放射線ホルミシス効果などがあまりにも強調されすぎてきたことへの反省の上に立った議論だった。現象として見つけただけではだめで、その機構についてちゃんと解明しなければ確かなことは言えないはずだ。
そして、バイスタンダー効果などを考えると、より安全側に立たなければならないことは明らかだ。
 放射線のリスクやその評価の問題は、専門外の人や一般市民にとってわかりにくい。専門家はわかりやすく解説し伝えるという努力をもっとしてもらいたい。
 また、市民にとっても非常に重要な問題なので、情報は市民に積極的に公開し、市民もまじえた議論の枠組みを作ることがぜひ必要だと思う。

放射線影響の安全評価を行なっている機関
 ・ICRP (International Commission on Radiological Protection)
   国際放射線防護委員会
 ・UNSCEAR (United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation)
   国連放射線影響科学委員会
 ・BEIR (Biological Effects of Ionizing Radiation)
   電離放射線の生物学的影響に関する米国科学アカデミー委員会
 ・RERF (Radiation Effects Research Foundation)
   放射線影響研究所(日本)
 ・NCRP (National Council on Radiation Protection and Measurement)
   アメリカ放射線防護測定審議会
 ・NRPB (National Radiological Protection Board)
   国立放射線防護委員会(英国)
(渡辺美紀子・スタッフ)

http://www.cnic.jp/modules/smartsection/item.php?itemid=3

2014年5月7日水曜日

Japanese Government Killing Its Own People in Fukushima


福島とチェルノブイリ / 居住制限比較










愚かな国民には愚かな政府


「小線量の場合でも放射線に害があるということを認めさせるのに、どうして困難がつきまとうのか。 」



小線量の場合でも放射線に害があるということを認めさせるのに、どうして困難がつきまとうのか。

その理由は単純明快だ。

放射線が健康に及ぼす害は、本当は極めて重大なものである。

そして、そのことを日本やその他の国の一般の人々に知られてしまうことが、

原子力産業や、放射線を医療用工業用に使う側にとって最大の脅威なのである。

だが、放射線の影響を否定するキャンペーンを大々的に繰り広げることは誤った解決法である。



http://unmonologue555.blogspot.jp/2012/08/blog-post_10.html

「知った以上は責任を持って行動したいと思っています。 」 



たね蒔きジャーナル「小出先生のコーナー」最終回9/27ー1千万ベクレル/時・原発ゼロ・放射線の正しい使い方他ー(内容書き出し)

・1000万ベクレル/時放出ってどんな数字?
・ウランが枯渇すれば必然的に原発はゼロ?
・小出先生は規制委員会に呼ばれたら参加されますか?
・放射線測定器の正しい使い方
・終わりの時間になりました


2012年9月28日水曜日 
京都大学原子炉実験所助教 小出裕章先生に伺いました
Radio News「たねまきジャーナル」
MBSラジオ [MBS1179.com]


千葉猛
二木一夫 /毎日新聞・大阪本社論説委員


千葉:
京都大学原子炉実験所の小出裕章さんです。
では小出さん、今日もよろしくお願いいたします。

小出:よろしくお願いします

千葉:今日は毎日新聞論説委員の二木一夫さんと一緒にお話を伺います。

二木:先生こんばんは

小出:はい、二木さんこんばんは、よろしくお願いします。

千葉:
えー、今日は小出さんのこの番組へのご出演が最後の日になりますので、
リスナーのみなさんからの質問を出来るだけ伺ってまいりたいと思っています。
よろしくおねがいします。
では早速まいります、

FAXの質問です。
9月25日の新聞で、
東京電力は24日福島第一原発から大気中へ放出されている放射性セシウムの量が、
9月も1時間当たり1000万ベクレルと推定されると発表したとあります。
この数字はどのように見たらいいんでしょうか?教えてもらえませんか。という質問です。

1000万ベクレル/時放出ってどんな数字?

小出:
はい、1000万という数字を聞くと
みなさんそれが膨大な量だと多分受け止められると思いますが、
事故直後はそれのまた10億倍というような放射能が流れてきていました。
2週間ぐらいのトータルですけれども、
今現在で言うなら、事故直後に出ていた量の
たぶん100万分の1とかそれぐらいまで低減しているという事だと思います。

千葉:100万分の1まで低減しても1000万ベクレル。

小出:そうです。1時間当たりですね。

千葉:これは本来大気中に放出されてはいけないものですよね、もちろん。

小出:
もちろんいけません。
1000万ベクレルというような放射能を毎日毎日、四六時中出すなんていう事は
通常はあり得なかったこと
ですけれども、
今現在は残念なことに福島第一原子力発電所が、もうボロボロに破壊されてしまっていますので、
この程度の放射性物質が出てくることは、やむを得ないと思うしかありません。

千葉:もう、これを止めるすべというのは、いまのところ…

小出:
今のところはありません。
ま、事故当時に比べれば随分減ってくれていますので、
何とかこれ以上、また劇的に出るような事を防ぐという事が出来ることの精一杯です。

二木:人の体への影響というのはどうなんでしょうか?

小出:
もちろん放射能ですから、影響は必ずあります。
ただし、今聞いていただきましたように、
事故直後には猛烈な放射能がすでに出てきてしまっていて、
その出てきた放射能が大地そのものを全部汚してしまっているのです。
それに対する被ばくに比べれば、今現在福島第一原子力発電所から出てきている放射性物質の量は
随分少ないと思いますし、そちらを心配するよりは、
すでに自分たちの周りを汚染してしまっている放射性物質を心配したほうが良いだろうと思います。

千葉:もうそれぐらい沢山のものが出てしまっているという事ですね

小出:そうです。

<参考>福島第一原発1~3号機から大気中に現在放出されているセシウムの量


ウランが枯渇すれば必然的に原発はゼロ?


千葉:
分かりました。では次の質問にいきます。

ウランの原料の産出の寿命は、厳しい評価であと17年。
日本の電気事業連合会では後70年、
平均でおよそ30年程度で終わりというのが専門家の評価だと聞きました。
ウランという原料が非常に少ない燃料で、あと30年程度で生産できないという事は、
いずれにせよ原子力発電は止めなければいけないという事ですよね。
2030年にゼロにするのではなくて、
ゼロになるというのが必然だという事になりませんでしょうか?という質問です。

小出:
ゼロになるのは必然です。
それが何年後に来るかという事で、日本の原子力関係者は70年という数字を出しているんですし、
もっと小さな数字を出している世界の団体もあります。
いずれにしても数10年という期間がくれば原子力発電の燃料であるウランは無くなってしまいます。
地球上にあるウランは、なかなか貴重な資源であって、
かつて考えられていたように、
石油や石炭がなくなってしまうから次は原子力だというのは全くの間違いでして、
ウランは石油や石炭がなくなるもっとずっと早く前に無くなってしまいます。

千葉:
そしたらば、そのあとにはもう膨大な放射性廃棄物、
何万年も付き合わなきゃいけないような放射性廃棄物が、残るだけという事になるんですか

小出:
そうです、
私たちの世代、ま、次の世代もなにがしかそうかもしれませんが、
何十年かという期間の間だけ原子力発電を利用する訳ですが、
それが過ぎた後の何十万年・何百万年の世代は、
私たちの世代が生み出したゴミだけを押し付けられて過ごさなければならなくなります。


千葉:未来の人達に、その重荷を背負わせ続けるという事になるわけですね。

小出:
そうです。
大変倫理的な問題ですし、
そんな事でいいのかという事を今の世代がしっかりと考えなければいけません。



小出先生は規制委員会に呼ばれたら参加されますか?


千葉:
はい、では次へまいります。
次は千葉県にお住まいの方です。

もし、原子力規制委員会への参加を打診されたら、お受けになりますか?小出さんは。
出来ればお受けしてほしいと私は思っています。
という質問なんですがいかがですか?

小出:すみませんが、絶対にお受けしません。

千葉:それはやはり、日本の政府というものが信用できないからですかね。

小出:
もちろん、政府は全く信用できませんし、議会すら私は信用していません。
もともと日本の議会が原子力基本法というものをつくって、
「これからは平和利用に限る」けれども、
とにかくどんどん原子力をやるんだという事にしてしまったのです。
そのもとで原子力委員会、原子力安全委員会さまざまな組織がつくられてきましたし、
今度新しく原子力規制委員会というものになろうとしているのですけれども、
全ては原子力基本法のもとで原子力発電を進めるという大前提のもとに置かれている組織です。
いずれにしてもその原子力を推進するという方針に逆らうことは許されませんし、
そのための手助けをしてしまう事になってしまいます。

二木:
そうするとま、政府の方が2030年代に原発をゼロにという方針を示しましたけれど、
それについてはどうお考えですか?

小出:
2030年、
もともとは政府がパブリックコメントをもとめて、
2030年という時点でゼロにするのがいいのか、15にするのがいいのか、25にするのがいいのか、
意見を言えと国民に求めたのですね。
その結果ゼロにするというのが圧倒的に多かった。
それも2030年ではなくて、「即刻ゼロにするのがいい」という意見が大変多かったのですが、
政府は、まぁ、思惑が外れたのでしょうが、
2030というその数字をまた使いながら、
それが今度は2030年代と言い始めたのですね。
2030年代というのは2039年の末までという事ですから、
数字に直すならば2040年までという事に、
ま、言葉の詐術だと私は思いますけれども、時間をさらに流してゼロを目指すと言いだしたのです。
それも閣議決定をはじめはすると言っていたわけですけれども、
米国と財界からの横槍を受けて、閣議決定すらが出来ないという事になりましたし、
次の総選挙でもし、自民党が返り咲くような事になれば、
またまた原子力をどんどんやるんだという事に、結局なってしまいます。

<参考>下記番組内で「規制委員会に呼ばれたらどうするか」小出先生が具体的な答えています。
原子力規制委員会の委員長の人事は今のまま進んでいいのだろうか?
8/9そもそも総研(内容書き出し)



放射線測定器の正しい使い方

千葉:
えー、ではもう一つ質問に参ります。

放射線測定器を最近購入していろいろと測っているんですが、
小出さんの「騙されたあなたにも責任がある」という本の中で、
測定器を買って、
たとえば「1時間当たりここで1マイクロシーベルトという数字が出た。大変だ!」
という使い方をして欲しくないとあるのですが、それはどんな意味からなのか?
答が書かれていなくて気になっています。
放射能は値が低いから安全だという測定器を持つことによる間違った認識はして欲しくないという
小出さんの考えが込められているのかなと予想をしています。
実際のところどうなんでしょうか?という質問です。

小出:
はい、どうも言葉足らずの書き方になってしまっていたようで、大変失礼しました。
ただ、私自身は放射線を測定するという事を自分の仕事にしている人間ですが、
その私が言うのは大変傲慢に聞こえるかもしれませんが、
放射線を測定するというのは大変難しい仕事です。
それなりの知識も必要ですし、測る放射線の種類に合わせて、また特殊な測定器も必要です。
最近みなさんが沢山の放射線測定器というものをそれぞれに買って下さって、
それぞれに測定してくださっているのですが、
あまり、その測定した値というもの自身が正しいと思って欲しくないという意味で
わたしはそこに書きました。
たとえば10台の測定器を一つの場所に並べてスイッチを入れてみると、
その10台はすべて違う値を示す筈だと思います。
それをまた別の場所に持って行ってみれば、きっとまた全部違う値を示す筈です。
初めの場所で一番高かった測定器が、今度は一番低くなってしまうかもしれない。という、
それぐらい大きな誤差のあるものです。
ですから出てきた数値が0.5であった、あるいは1だったという、その数値だけを、
数値の絶対値だけをですね、あまり気にしないで欲しいと私は思います。
お持ちの測定器を今この場所で測った。
それを別の場所でまた測ってみた。
さらにまた別の場所で測ってみたという事をやって、
どっちの場所が高いのか、どっちが低いのかと、
というような測定の仕方は多分なにがしかの役には立つと思います。
そういう事を沢山のみなさんで、様々な測定器を使いながら、
どこが汚染が高そうだ、低そうだという、そういう事に使っていただくのが一番いいと思います。


<参考>「一般の人が線量計を手に入れて測る場合に注意する事」に小出先生が答えていらっしゃいます。
たねまきJ「線量計について、作業員、福島の子ども、個人」
小出裕章氏(内容書き出し・参考あり)6/15


終わりの時間になりました

千葉:
はい。わかりました。
小出さん、まだまだお伺いしたい事があるんですけれども、ここで時間になってしまいました。
これまで本当にどうもありがとうございました。

小出:
とんでもありません。
千葉さん、長い間本当にありがとうございました。

千葉:
いいえこちらこそ。
本当に小出さんの話で、本当に大切なことが知ることが出来ました。
ラジオも向こうでも多くのお聞きの方がそう考えていらっしゃると思うんですが、
実はこんなメールもきておりますので、これを最後に読ませていただきたいと思います。

徳島県の方です。
不幸な出来事との引き換えにはなりましたが、
あの日の前と後では原発に対しての知識が大きく増えました。
小出先生の解説はすごく分かりやすかったです。
また、無念さからか、時々言葉に詰まってしまうところも印象的でした。
知った以上は責任を持って行動したいと思っています。
小出さん、本当にありがとうございました。
とメールを頂いております。
小出さん最後にリスナーのみなさんに何かひとことお願いします。

小出:
はい、ありがとうございました。
こういうリスナーの方々に巡り合えただけでも私は嬉しいです。
今日で私はたね蒔きジャーナルという番組からは「さようなら」をする事になりますし、
たね蒔きジャーナルそのものも明日を最後に無くなってしまうという事になるそうです。
大変長い間、いい番組を守ってきて下さったスタッフの皆さんにお礼を申し上げたいと思いますし、
お付き合い下さったリスナーの皆さんにも感謝したいと思っています。
これからも皆さんのご活躍をお祈りしております。

千葉:小出さん、今後も情報を発信していって下さいね。

小出:はい。ありがとうございます。

千葉:
本当に何度お礼を言っても言いつくせない気持ちですが、
本当にありがとうございました。

小出:こちらこそありがとうございました。

千葉:京都大学原子炉実験所の小出裕章さんにお話を伺いました。




ーーーー


おわっちゃった・・・・

日本が明日にでも終わってしまうのではないか、
一体何が起こっているのか
何の知識もなく、なんにも分からない時に、
Youtubeにアップして下さっている「たね蒔きジャーナル」を初めて見つけて、
温かく誠実な言葉で真実を伝えて下さる小出先生を知りました。
あの頃は、毎日毎日小出先生の解説を聞かないと不安でたまらなかった。
小出先生の声が風邪っぽい時には、疲れていらっしゃるんだろうなと心配になったり、
あ、今日はお元気そうだと、そんな事を感じながら聞いていました。

そして私は、毎日Youtubeにして公開して下さる方々にとても感謝をしています。
最初の頃は、忘れちゃいけないとブログには要点だけを書き出していました。
話がだんだん複雑になってきた時に、
要点のみの書き出し方だと、読み方によっては誤解が生まれると思ってきました。
誠実な小出先生の言葉を省いて書き出したが為に誤解を生んではいけないと思い、
出来るだけ正確に書き出そうと思うようになったのが、このブログに書き出しが多い最初の始まりです。

ブラインドタッチなんかとんでもなく、
約10分弱のコーナーなのに、最初の頃は何時間もかかっていました。
でも、ただ、小出先生の声を聞いて、その言葉を心に刻むように書くことによって、
原発事故と膨大な放射能による不安な毎日を乗り切れてこられたように思っています。
そんな意味からもたね蒔きジャーナルの小出先生のコーナーは
私にとっては精神的な面で大きな支えになっていました。
今でも、週に2日だけになってしまっていたけれども、
私が見逃しているニュースが、実は大事な事だったのだと気づかされることが多く、
その時その時に事実を知ることが出来る貴重な場所でした。
これからは、こんなふうに定期的に小出先生の解説を伺う事が出来るのか?
どこで聞くことが出来るのか?どうすればいいのか?
その事がとても不安です。
1年半、学費も払わずに貴重な勉強を沢山させていただきました。
まだまだ自立できる自信はありません。
でも、私なりに埋もれてしまいそうな大事なことに目を向けていきたいと思っています。

わたしの地域からでは、たね蒔きジャーナルを直接聞くことができません。
毎日、毎日たね蒔きジャーナルをYoutubeにUPして下さった方。
このブログでは3カ所の方からの動画を使わせていただいてきました。
心からお礼を申し上げます。
毎日かかさずたね蒔きジャーナルを聞くことが出来る環境を与えて下さってありがとうございました。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。


この場で心からお礼を申し上げさせていただきます。
ありがとうございました。



そして、これからも、私に大事なことを教えて下さい(←ちゃっかりお願いしちゃうのだw)

http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-2387.html

311 前後の地震発生地点・規模・時刻を記録した動画


【世界の核実験地図】


原発がどんなものか知ってほしい(全)


原発がどんなものか知ってほしい(全)

私は原発反対運動家ではありません

 私は原発反対運動家ではありません。二十年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。
  1. 私は原発反対運動家ではありません
  2. 「安全」は机上の話
  3. 素人が造る原発
  4. 名ばかりの検査・検査官
  5. いいかげんな原発の耐震設計
  6. 定期点検工事も素人が
  7. 放射能垂れ流しの海
  8. 内部被爆が一番怖い
  9. 普通の職場環境とは全く違う
  10. 「絶対安全」だと5時間の洗脳教育
  11. だれが助けるのか
  12. びっくりした美浜原発細管破断事故!
  13. もんじゅの大事故
  14. 日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?
  15. 日本には途中でやめる勇気がない
  16. 廃炉も解体も出来ない原発
  17. 「閉鎖」して、監視・管理
  18. どうしようもない放射性廃棄物
  19. 住民の被曝と恐ろしい差別
  20. 私、子供生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。
  21. 原発がある限り、安心できない
著者 平井憲夫さんについて

私は原発反対運動家ではありません。

 二十年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。
 はじめて聞かれる話も多いと思います。どうか、最後まで読んで、それから、原発をどうしたらいいか、みなさんで考えられたらいいと思います。原発について、設計の話をする人はたくさんいますが、私のように施工、造る話をする人がいないのです。しかし、現場を知らないと、原発の本当のことは分かりません。
 私はプラント、大きな化学製造工場などの配管が専門です。二○代の終わりごろに、日本に原発を造るというのでスカウトされて、原発に行きました。一作業負だったら、何十年いても分かりませんが、現場監督として長く働きましたから、原発の中のことはほとんど知っています。

「安全」は机上の話

 去年(一九九五年)の一月一七日に阪神大震災が起きて、国民の中から「地震で原発が壊れたりしないか」という不安の声が高くなりました。原発は地震で本当に大丈夫か、と。しかし、決して大丈夫ではありません。国や電力会社は、耐震設計を考え、固い岩盤の上に建設されているので安全だと強調していますが、これは机上の話です。
 この地震の次の日、私は神戸に行ってみて、余りにも原発との共通点の多さに、改めて考えさせられました。まさか、新幹線の線路が落下したり、高速道路が横倒しになるとは、それまで国民のだれ1人考えてもみなかったと思います。
 世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、きびしい検査が行われていると思われています。しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートの中には型枠の木片が入っていたし、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。一見、溶接がされているように見えていても、溶接そのものがなされていなくて、溶接部が全部はずれてしまっていました。
 なぜ、このような事が起きてしまったのでしょうか。その根本は、余りにも机上の設計ばかりに重点を置いていて、現場の施工、管理を怠ったためです。それが直接の原因ではなくても、このような事故が起きてしまうのです。

素人が造る原発

 原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。机上の設計の議論は、最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるのか、現場がどうなっているのかという議論は1度もされたことがありません。
 原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。
 日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、どこかで故障が起きるとちゃんと止まるようになっています。しかし、これは設計の段階までです。施工、造る段階でおかしくなってしまっているのです。
 仮に、自分の家を建てる時に、立派な一級建築士に設計をしてもらっても、大工や左官屋の腕が悪かったら、雨漏りはする、建具は合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なのです。
 ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。それが十年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。それが今の原発の実情です。
 例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、1歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になっていたところでした。本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大事故につながるかの認識は全然なかったのです。そういう意味では老朽化した原発も危ないのですが、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。
 現場に職人が少なくなってから、素人でも造れるように、工事がマニュアル化されるようになりました。マニュアル化というのは図面を見て作るのではなく、工場である程度組み立てた物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ねるようにして合わせていくんです。そうすると、今、自分が何をしているのか、どれほど重要なことをしているのか、全く分からないままに造っていくことになるのです。こういうことも、事故や故障がひんぱんに起こるようになった原因のひとつです。
 また、原発には放射能の被曝の問題があって後継者を育てることが出来ない職場なのです。原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付けていて、互いに話をすることも出来ないような所ですから、身振り手振りなんです。これではちゃんとした技術を教えることができません。それに、いわゆる腕のいい人ほど、年問の許容線量を先に使ってしまって、中に入れなくなります。だから、よけいに素人でもいいということになってしまうんです。
 また、例えば、溶接の職人ですと、目がやられます。30歳すぎたらもうだめで、細かい仕事が出来なくなります。そうすると、細かい仕事が多い石油プラントなどでは使いものになりませんから、だったら、まあ、日当が安くても、原発の方にでも行こうかなあということになります。
 皆さんは何か勘違いしていて、原発というのはとても技術的に高度なものだと思い込んでいるかも知れないけれど、そんな高級なものではないのです。
 ですから、素人が造る原発ということで、原発はこれから先、本当にどうしようもなくなってきます。

名ばかりの検査・検査官

 原発を造る職人がいなくなっても、検査をきっちりやればいいという人がいます。しかし、その検査体制が問題なのです。出来上がったものを見るのが日本の検査ですから、それではダメなのです。検査は施工の過程を見ることが重要なのです。
 検査官が溶接なら溶接を、「そうではない。よく見ていなさい。このようにするんだ」と自分でやって見せる技量がないと本当の検査にはなりません。そういう技量の無い検査官にまともな検査が出来るわけがないのです。メーカーや施主の説明を聞き、書類さえ整っていれば合格とする、これが今の官庁検査の実態です。
 原発の事故があまりにもひんぱんに起き出したころに、運転管理専門官を各原発に置くことが閣議で決まりました。原発の新設や定検(定期検査)のあとの運転の許可を出す役人です。私もその役人が素人だとは知っていましたが、ここまでひどいとは知らなかったです。
 というのは、水戸で講演をしていた時、会場から「実は恥ずかしいんですが、まるっきり素人です」と、科技庁(科学技術庁)の者だとはっきり名乗って発言した人がいました。その人は「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原発にいた専門官は三か月前までは、お米の検査をしていた人だった」と、その人たちの実名を挙げて話してくれました。このようにまったくの素人が出す原発の運転許可を信用できますか。
 東京電力の福島原発で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動した大事故が起きたとき、読売新聞が「現地専門官カヤの外」と報道していましたが、その人は、自分の担当している原発で大事故が起きたことを、次の日の新聞で知ったのです。なぜ、専門官が何も知らなかったのか。それは、電力会社の人は専門官がまったくの素人であることを知っていますから、火事場のような騒ぎの中で、子どもに教えるように、いちいち説明する時間がなかったので、その人を現場にも入れないで放って置いたのです。だから何も知らなかったのです。
 そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の天下り先ですから、全然畑違いの人です。この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人の0Kが出ないと仕事が進まないのですが、検査のことはなにも知りません。ですから、検査と言ってもただ見に行くだけです。けれども大変な権限を持っています。この協会の下に電力会社があり、その下に原子炉メーカーの日立・東芝・三菱の三社があります。私は日立にいましたが、このメーカーの下に工事会社があるんです。つまり、メーカーから上も素人、その下の工事会社もほとんど素人ということになります。だから、原発の事故のことも電力会社ではなく、メー力-でないと、詳しいことは分からないのです。
 私は現役のころも、辞めてからも、ずっと言っていますが、天下りや特殊法人ではなく、本当の第三者的な機関、通産省は原発を推進しているところですから、そういう所と全く関係のない機関を作って、その機関が検査をする。そして、検査官は配管のことなど経験を積んだ人、現場のたたき上げの職人が検査と指導を行えば、溶接の不具合や手抜き工事も見抜けるからと、一生懸命に言ってきましたが、いまだに何も変わっていません。このように、日本の原発行政は、余りにも無責任でお粗末なものなんです。

いいかげんな原発の耐震設計

 阪神大震災後に、慌ただしく日本中の原発の耐震設計を見直して、その結果を九月に発表しましたが、「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」というあきれたものでした。私が関わった限り、初めのころの原発では、地震のことなど真面目に考えていなかったのです。それを新しいのも古いのも一緒くたにして、大丈夫だなんて、とんでもないことです。1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出力が急上昇して、自動停止したことがありましたが、この事故は大変な事故でした。なぜ大変だったかというと、この原発では、1984年に震度5で止まるような工事をしているのですが、それが震度5ではないのに止まったんです。わかりやすく言うと、高速道路を運転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがかかって止まったと同じことなんです。これは、東北電力が言うように、止まったからよかった、というような簡単なことではありません。5で止まるように設計されているものが4で止まったということは、5では止まらない可能性もあるということなんです。つまり、いろんなことが設計通りにいかないということの現れなんです。
 こういう地震で異常な止まり方をした原発は、1987年に福島原発でも起きていますが、同じ型の原発が全国で10もあります。これは地震と原発のことを考えるとき、非常に恐ろしいことではないでしょうか。

定期点検工事も素人が

 原発は1年くらい運転すると、必ず止めて検査をすることになっていて、定期検査、定検といっています。原子炉には70気圧とか、150気圧とかいうものすごい圧力がかけられていて、配管の中には水が、水といっても300℃もある熱湯ですが、水や水蒸気がすごい勢いで通っていますから、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあるのです。そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても取り替えなくてはならないのですが、この作業に必ず被曝が伴うわけです。
 原発は一回動かすと、中は放射能、放射線でいっぱいになりますから、その中で人間が放射線を浴びながら働いているのです。そういう現場へ行くのには、自分の服を全部脱いで、防護服に着替えて入ります。防護服というと、放射能から体を守る服のように聞こえますが、そうではないんですよ。放射線の量を計るアラームメーターは防護服の中のチョッキに付けているんですから。つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なる作業着です。作業している人を放射能から守るものではないのです。だから、作業が終わって外に出る時には、パンツー枚になって、被曝していないかどうか検査をするんです。体の表面に放射能がついている、いわゆる外部被曝ですと、シャワーで洗うと大体流せますから、放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られます。
 また、安全靴といって、備付けの靴に履き替えますが、この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありませんから、大事な働く足元がちゃんと定まりません。それに放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。そういうかっこうで現場に入り、放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。普通の職場とはまったく違うのです。
 そういう仕事をする人が95%以上まるっきりの素人です。お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。そういう経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をするわけです。
 例えば、ボルトをネジで締める作業をするとき、「対角線に締めなさい、締めないと漏れるよ」と教えますが、作業する現場は放射線管理区域ですから、放射能がいっぱいあって最悪な所です。作業現場に入る時はアラームメーターをつけて入りますが、現場は場所によって放射線の量が違いますから、作業の出来る時間が違います。分刻みです。
 現場に入る前にその日の作業と時間、時間というのは、その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まるわけですが、その現場が20分間作業ができる所だとすると、20分経つとアラ-ムメーターが鳴るようにしてある。だから、「アラームメーターが鳴ったら現場から出なさいよ」と指示します。でも現場には時計がありません。時計を持って入ると、時計が放射能で汚染されますから腹時計です。そうやって、現場に行きます。
 そこでは、ボルトをネジで締めながら、もう10分は過ぎたかな、15分は過ぎたかなと、頭はそっちの方にばかり行きます。アラームメーターが鳴るのが怖いですから。アラームメーターというのはビーッととんでもない音がしますので、初めての人はその音が鳴ると、顔から血の気が引くくらい怖いものです。これは経験した者でないと分かりません。ビーッと鳴ると、レントゲンなら何十枚もいっぺんに写したくらいの放射線の量に当たります。ですからネジを対角線に締めなさいと言っても、言われた通りには出来なくて、ただ締めればいいと、どうしてもいい加滅になってしまうのです。すると、どうなりますか。

放射能垂れ流しの海

 冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。
 海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。
 原発の事故があっても、県などがあわてて安全宣言を出しますし、電力会社はそれ以上に隠そうとします。それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしです。
 防護服には放射性物質がいっぱいついていますから、それを最初は水洗いして、全部海に流しています。排水口で放射線の量を計ると、すごい量です。こういう所で魚の養殖をしています。安全な食べ物を求めている人たちは、こういうことも知って、原発にもっと関心をもって欲しいものです。このままでは、放射能に汚染されていないものを選べなくなると思いますよ。
 数年前の石川県の志賀原発の差止め裁判の報告会で、八十歳近い行商をしているおばあさんが、こんな話をしました。「私はいままで原発のことを知らなかった。今日、昆布とわかめをお得意さんに持っていったら、そこの若奥さんに「悪いけどもう買えないよ、今日で終わりね、志賀原発が運転に入ったから」って言われた。原発のことは何も分からないけど、初めて実感として原発のことが分かった。どうしたらいいのか」って途方にくれていました。みなさんの知らないところで、日本の海が放射能で汚染され続けています。

内部被爆が一番怖い

 原発の建屋の中は、全部の物が放射性物質に変わってきます。物がすべて放射性物質になって、放射線を出すようになるのです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けるからです。体の外から浴びる外部被曝も怖いですが、一番怖いのは内部被曝です。
 ホコリ、どこにでもあるチリとかホコリ。原発の中ではこのホコリが放射能をあびて放射性物質となって飛んでいます。この放射能をおびたホコリが口や鼻から入ると、それが内部被曝になります。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被曝をしますが、この体の中から放射線を浴びる内部被曝の方が外部被曝よりもずっと危険なのです。体の中から直接放射線を浴びるわけですから。
 体の中に入った放射能は、通常は、三日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、三日なら三日、放射能を体の中に置いたままになります。また、体から出るといっても、人間が勝手に決めた基準ですから、決してゼロにはなりません。これが非常に怖いのです。どんなに微量でも、体の中に蓄積されていきますから。
 原発を見学した人なら分かると思いますが、一般の人が見学できるところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり前なのです。きれいにしておかないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。
 私はその内部被曝を百回以上もして、癌になってしまいました。癌の宣告を受けたとき、本当に死ぬのが怖くて怖くてどうしようかと考えました。でも、私の母が何時も言っていたのですが、「死ぬより大きいことはないよ」と。じゃ死ぬ前になにかやろうと。原発のことで、私が知っていることをすべて明るみに出そうと思ったのです。

普通の職場環境とは全く違う

 放射能というのは蓄積します。いくら徴量でも十年なら十年分が蓄積します。これが怖いのです。日本の放射線管理というのは、年間50ミリシーベルトを守ればいい、それを越えなければいいという姿勢です。
 例えば、定検工事ですと三ケ月くらいかかりますから、それで割ると一日分が出ます。でも、放射線量が高いところですと、一日に五分から七分間しか作業が出来ないところもあります。しかし、それでは全く仕事になりませんから、三日分とか、一週間分をいっぺんに浴びせながら作業をさせるのです。これは絶対にやってはいけない方法ですが、そうやって10分間なり20分間なりの作業ができるのです。そんなことをすると白血病とかガンになると知ってくれていると、まだいいのですが……。電力会社はこういうことを一切教えません。
 稼動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがありました。動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネジを締めるのに働く人三十人を用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで七メートルくらい先にあるネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えるくらいで、もうアラームメーターがビーッと鳴る。中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、もう終わりの人もいる。ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで百六十人分、金額で四百万円くらいかかりました。
 なぜ、原発を止めて修理しないのかと疑問に思われるかもしれませんが、原発を一日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社は出来るだけ止めないのです。放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なのです。

「絶対安全」だと五時間の洗脳教育

 原発など、放射能のある職場で働く人を放射線従事者といいます。日本の放射線従事者は今までに約二七万人ですが、そのほとんどが原発作業者です。今も九万人くらいの人が原発で働いています。その人たちが年一回行われる原発の定検工事などを、毎日、毎日、被曝しながら支えているのです。
 原発で初めて働く作業者に対し、放射線管理教育を約五時間かけて行います。この教育の最大の目的は、不安の解消のためです。原発が危険だとは一切教えません。国の被曝線量で管理しているので、絶対大丈夫なので安心して働きなさい、世間で原発反対の人たちが、放射能でガンや白血病に冒されると言っているが、あれは“マッカナ、オオウソ”である、国が決めたことを守っていれば絶対に大丈夫だと、五時間かけて洗脳します。  
 こういう「原発安全」の洗脳を、電力会社は地域の人にも行っています。有名人を呼んで講演会を開いたり、文化サークルで料理教室をしたり、カラー印刷の立派なチラシを新聞折り込みしたりして。だから、事故があって、ちょっと不安に思ったとしても、そういう安全宣伝にすぐに洗脳されてしまって、「原発がなくなったら、電気がなくなって困る」と思い込むようになるのです。
 私自身が二〇年近く、現場の責任者として、働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール、「洗脳教育」をやって来ました。何人殺したかわかりません。みなさんから現場で働く人は不安に思っていないのかとよく聞かれますが、放射能の危険や被曝のことは一切知らされていませんから、不安だとは大半の人は思っていません。体の具合が悪くなっても、それが原発のせいだとは全然考えもしないのです。作業者全員が毎日被曝をする。それをいかに本人や外部に知られないように処理するかが責任者の仕事です。本人や外部に被曝の問題が漏れるようでは、現場責任者は失格なのです。これが原発の現場です。
 私はこのような仕事を長くやっていて、毎日がいたたまれない日も多く、夜は酒の力をかり、酒量が日毎に増していきました。そうした自分自身に、問いかけることも多くなっていました。一体なんのために、誰のために、このようなウソの毎日を過ごさねばならないのかと。気がついたら、二〇年の原発労働で、私の体も被曝でぼろぼろになっていました。

だれが助けるのか

 また、東京電力の福島原発で現場作業員がグラインダーで額(ひたい)を切って、大怪我をしたことがありました。血が吹き出ていて、一刻を争う大怪我でしたから、直ぐに救急車を呼んで運び出しました。ところが、その怪我人は放射能まみれだったのです。でも、電力会社もあわてていたので、防護服を脱がせたり、体を洗ったりする除洗をしなかった。救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなかったので、その怪我人は放射能の除洗をしないままに、病院に運ばれてしまったんです。だから、その怪我人を触った救急隊員が汚染される、救急車も汚染される、医者も看護婦さんも、その看護婦さんが触った他の患者さんも汚染される、その患者さんが外へ出て、また汚染が広がるというふうに、町中がパニックになるほどの大変な事態になってしまいました。みんなが大怪我をして出血のひどい人を何とか助けたいと思って必死だっただけで、放射能は全く見えませんから、その人が放射能で汚染されていることなんか、だれも気が付かなかったんですよ。
 一人でもこんなに大変なんです。それが仮に大事故が起きて大勢の住民が放射能で汚染された時、一体どうなるのでしょうか。想像できますか。人ごとではないのです。この国の人、みんなの問題です。

びっくりした美浜原発細管破断事故!

 皆さんが知らないのか、無関心なのか、日本の原発はびっくりするような大事故を度々起こしています。スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する大事故です。一九八九年に、東京電力の福島第二原発で再循環ポンプがバラバラになった大事故も、世界で初めての事故でした。
 そして、一九九一年二月に、関西電力の美浜原発で細管が破断した事故は、放射能を直接に大気中や海へ大量に放出した大事故でした。
 チェルノブイリの事故の時には、私はあまり驚かなかったんですよ。原発を造っていて、そういう事故が必ず起こると分かっていましたから。だから、ああ、たまたまチェルノブイリで起きたと、たまたま日本ではなかったと思ったんです。しかし、美浜の事故の時はもうびっくりして、足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれない程でした。
 この事故はECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという意味で、重大な事故だったんです。ECCSというのは、原発の安全を守るための最後の砦に当たります。これが効かなかったらお終りです。だから、ECCSを動かした美浜の事故というのは、一億数千万人の人を乗せたバスが高速道路を一〇〇キロのスピードで走っているのに、ブレーキもきかない、サイドブレーキもきかない、崖にぶつけてやっと止めたというような大事故だったんです。
 原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと〇・七秒でチェルノブイリになるところだった。それも、土曜日だったのですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むような大事故に至らなかったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ。
 この事故は、二ミリくらいの細い配管についている触れ止め金具、何千本もある細管が振動で触れ合わないようにしてある金具が設計通りに入っていなかったのが原因でした。施工ミスです。そのことが二十年近い何回もの定検でも見つからなかったんですから、定検のいい加減さがばれた事故でもあった。入らなければ切って捨てる、合わなければ引っ張るという、設計者がまさかと思うようなことが、現場では当たり前に行われているということが分かった事故でもあったんです。

もんじゅの大事故

 去年(一九九五年)の十二月八日に、福井県の敦賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業団)のもんじゅでナトリウム漏れの大事故を起こしました。もんじゅの事故はこれが初めてではなく、それまでにも度々事故を起こしていて、私は建設中に六回も呼ばれて行きました。というのは、所長とか監督とか職人とか、元の部下だった人たちがもんじゅの担当もしているので、何か困ったことがあると私を呼ぶんですね。もう会社を辞めていましたが、原発だけは事故が起きたら取り返しがつきませんから、放っては置けないので行くのです。
 ある時、電話がかかって、「配管がどうしても合わないから来てくれ」という。行って見ますと、特別に作った配管も既製品の配管もすべて図面どおり、寸法通りになっている。でも、合わない。どうして合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか分からなかった。一晩考えてようやく分かりました。もんじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。
 図面を引くときに、私が居た日立は〇・五mm切り捨て、東芝と三菱は〇・五mm切上げ、日本原研は〇・五mm切下げなんです。たった〇・五mmですが、百カ所も集まると大変な違いになるのです。だから、数字も線も合っているのに合わなかったのですね。
 これではダメだということで、みんな作り直させました。何しろ国の威信がかかっていますから、お金は掛けるんです。
 どうしてそういうことになるかというと、それぞれのノウ・ハウ、企業秘密ということがあって、全体で話し合いをして、この〇・五mmについて、切り上げるか、切り下げるか、どちらかに統一しようというような話し合いをしていなかったのです。今回のもんじゅの事故の原因となった温度センサーにしても、メーカー同士での話し合いもされていなかったんではないでしょうか。
 どんなプラントの配管にも、あのような温度計がついていますが、私はあんなに長いのは見たことがありません。おそらく施工した時に危ないと分かっていた人がいたはずなんですね。でも、よその会社のことだからほっとけばいい、自分の会社の責任ではないと。
 動燃自体が電力会社からの出向で出来た寄せ集めですが、メーカーも寄せ集めなんです。これでは事故は起こるべくして起こる、事故が起きないほうが不思議なんで、起こって当たり前なんです。
 しかし、こんな重大事故でも、国は「事故」と言いません。美浜原発の大事故の時と同じように「事象があった」と言っていました。私は事故の後、直ぐに福井県の議会から呼ばれて行きました。あそこには十五基も原発がありますが、誘致したのは自民党の議員さんなんですね。だから、私はそういう人に何時も、「事故が起きたらあなた方のせいだよ、反対していた人には責任はないよ」と言ってきました。この度、その議員さんたちに呼ばれたのです。「今回は腹を据えて動燃とケンカする、どうしたらよいか教えてほしい」と相談を受けたのです。
 それで、私がまず最初に言ったことは、「これは事故なんです、事故。事象というような言葉に誤魔化されちゃあだめだよ」と言いました。県議会で動燃が「今回の事象は……」と説明を始めたら、「事故だろ! 事故!」と議員が叫んでいたのが、テレビで写っていましたが、あれも、黙っていたら、軽い「事象」ということにされていたんです。地元の人たちだけではなく、私たちも、向こうの言う「事象」というような軽い言葉に誤魔化されてはいけないんです。
 普通の人にとって、「事故」というのと「事象」というのとでは、とらえ方がまったく違います。この国が事故を事象などと言い換えるような姑息なことをしているので、日本人には原発の事故の危機感がほとんどないのです。

日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?

 もんじゅに使われているプルトニウムは、日本がフランスに再処理を依頼して抽出したものです。再処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃料の中に出来たプルトニウムを取り出すことですが、プルトニウムはそういうふうに人工的にしか作れないものです。
 そのプルトニウムがもんじゅには約一・四トンも使われています。長崎の原爆は約八キロだったそうですが、一体、もんじゅのプルトニウムでどのくらいの原爆ができますか。それに、どんなに微量でも肺ガンを起こす猛毒物質です。半減期が二万四千年もあるので、永久に放射能を出し続けます。だから、その名前がプルートー、地獄の王という名前からつけられたように、プルトニウムはこの世で一番危険なものといわれるわけですよ。
 しかし、日本のプルトニウムが去年(一九九五年)南太平洋でフランスが行った核実験に使われた可能性が大きいことを知っている人は、余りいません。フランスの再処理工場では、プルトニウムを作るのに核兵器用も原発用も区別がないのです。だから、日本のプルトニウムが、この時の核実験に使われてしまったことはほとんど間違いありません。
 日本がこの核実験に反対をきっちり言えなかったのには、そういう理由があるからです。もし、日本政府が本気でフランスの核実験を止めさせたかったら、簡単だったのです。つまり、再処理の契約を止めればよかったんです。でも、それをしなかった。
 日本とフランスの貿易額で二番目に多いのは、この再処理のお金なんですよ。国民はそんなことも知らないで、いくら「核実験に反対、反対」といっても仕方がないんじゃないでしょうか。それに、唯一の被爆国といいながら、日本のプルトニウムがタヒチの人々を被爆させ、きれいな海を放射能で汚してしまったに違いありません。
 世界中が諦めたのに、日本だけはまだこんなもので電気を作ろうとしているんです。普通の原発で、ウランとプルトニウムを混ぜた燃料(MOX燃料)を燃やす、いわゆるプルサーマルをやろうとしています。しかし、これは非常に危険です。分かりやすくいうと、石油ストーブでガソリンを燃やすようなことなんです。原発の元々の設計がプルトニウムを燃すようになっていません。プルトニウムは核分裂の力がウランとはケタ違いに大きいんです。だから原爆の材料にしているわけですから。
 いくら資源がない国だからといっても、あまりに酷すぎるんじゃないでしょうか。早く原発を止めて、プルトニウムを使うなんてことも止めなければ、あちこちで被曝者が増えていくばかりです。

日本には途中でやめる勇気がない

 世界では原発の時代は終わりです。原発の先進国のアメリカでは、二月(一九九六年)に二〇一五年までに原発を半分にすると発表しました。それに、プルトニウムの研究も大統領命令で止めています。あんなに怖い物、研究さえ止めました。
 もんじゅのようにプルトニウムを使う原発、高速増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも止めました。ドイツは出来上がったのを止めて、リゾートパークにしてしまいました。世界の国がプルトニウムで発電するのは不可能だと分かって止めたんです。日本政府も今度のもんじゅの事故で「失敗した」と思っているでしょう。でも、まだ止めない。これからもやると言っています。
 どうして日本が止めないかというと、日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからで、この国が途中で止める勇気がないというのは非常に怖いです。みなさんもそんな例は山ほどご存じでしょう。
 とにかく日本の原子力政策はいい加減なのです。日本は原発を始める時から、後のことは何にも考えていなかった。その内に何とかなるだろうと。そんないい加減なことでやってきたんです。そうやって何十年もたった。でも、廃棄物一つのことさえ、どうにもできないんです。
 もう一つ、大変なことは、いままでは大学に原子力工学科があって、それなりに学生がいましたが、今は若い人たちが原子力から離れてしまい、東大をはじめほとんどの大学からなくなってしまいました。机の上で研究する大学生さえいなくなったのです。
 また、日立と東芝にある原子力部門の人も三分の一に減って、コ・ジェネレーション(電気とお湯を同時に作る効率のよい発電設備)のガス・タービンの方へ行きました。メーカーでさえ、原子力はもう終わりだと思っているのです。
 原子力局長をやっていた島村武久さんという人が退官して、『原子力談義』という本で、「日本政府がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎない、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりノーといわないから持たされてしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、原発をもっともっと造ろうということになるのです」と書いていますが、これもこの国の姿なんです。

廃炉も解体も出来ない原発い

 一九六六年に、日本で初めてイギリスから輸入した十六万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから輸入した原発で、途中で自前で造るようになりましたが、今では、この狭い日本に一三五万キロワットというような巨大な原発を含めて五一の原発が運転されています。
 具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびるとボロボロになるんです。だから、最初、耐用年数は十年だと言っていて、十年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、一九八一年に十年たった東京電力の福島原発の一号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分かりました。このことは国会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。
 この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造るときの何倍ものお金がかかることや、どうしても大量の被曝が避けられないことなど、どうしようもないことが分かったのです。原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。
 机の上では、何でもできますが、実際には人の手でやらなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射能がゼロにならないと、何にもできないのです。放射能がある限り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はしていますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使えないのです。
 結局、福島の原発では、廃炉にすることができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被曝をさせて、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。
 最初に耐用年数が十年といわれていた原発が、もう三〇年近く動いています。そんな原発が十一もある。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、私は心配でたまりません。
 また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉はたった一〇〇キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に二〇億円、廃炉にするには六〇億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉にはできないのです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしかないのです。
 それが一〇〇万キロワットというような大きな原発ですと、本当にどうしようもありません。

「閉鎖」して、監視・管理

 なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転されているものなので、運転を止めてそのままに放置しておくと、すぐサビが来てボロボロになって、穴が開いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回でも運転すると、放射能だらけになって、止めたままにしておくことも、廃炉、解体することもできないものになってしまうのです。
 先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大変です。
 放射能まみれになってしまった原発は、発電している時と同じように、水を入れて動かし続けなければなりません。水の圧力で配管が薄くなったり、部品の具合が悪くなったりしますから、定検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。放射能が無くなるまで、発電しているときと同じように監視し、管理をし続けなければならないのです。 
 今、運転中が五一、建設中が三、全部で五四の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると、余りにも危険な原発もいくつかあります。この他に大学や会社の研究用の原子炉もありますから、日本には今、小さいのは一〇〇キロワット、大きいのは一三五万キロワット、大小合わせて七六もの原子炉があることになります。
 しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それなのに、さらに、新規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に五機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設もあります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、二〇一〇年には七〇~八〇基にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。
 これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより、不気味です。ゾーとするのは、私だけでしょうか。

どうしようもない放射性廃棄物

 それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。
 日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。
 しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。
 現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。
 もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいます。去年(一九九五年)フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、三〇年から五〇年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。
 原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんですよ。
 私が五年程前に、北海道で話をしていた時、「放射能のゴミを五〇年、三百年監視続ける」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて、「お聞きしていいですか。今、廃棄物を五〇年、三百年監視するといいましたが、今の大人がするんですか? そうじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいますか。
 それに、五〇年とか三百年とかいうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の五〇年であり、三百年だということです。

住民の被曝と恐ろしい差別

 日本の原発は今までは放射能を一切出していませんと、何十年もウソをついてきた。でもそういうウソがつけなくなったのです。
 原発にある高い排気塔からは、放射能が出ています。出ているんではなくて、出しているんですが、二四時間放射能を出していますから、その周辺に住んでいる人たちは、一日中、放射能をあびて被曝しているのです。
ある女性から手紙が来ました。二三歳です。便箋に涙の跡がにじんでいました。「東京で就職して恋愛し、結婚が決まって、結納も交わしました。ところが突然相手から婚約を解消されてしまったのです。相手の人は、君には何にも悪い所はない、自分も一緒になりたいと思っている。でも、親たちから、あなたが福井県の敦賀で十数年間育っている。原発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。だから結婚するのはやめてくれ、といわれたからと。私が何か悪いことしましたか」と書いてありました。この娘さんに何の罪がありますか。こういう話が方々で起きています。
 この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とか、この女性のように、原発の近くで育った娘さんと自分の息子とかの結婚を心から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから、まったく人ごとではないんです。 こういう差別の話は、言えば差別になる。でも言わなければ分からないことなんです。原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、こういうことが起きるから原発はいやなんだと言って欲しいと思います。原発は事故だけではなしに、人の心まで壊しているのですから。

私、子ども生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。

 最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。どこへ行っても、必ずこのお話はしています。あとの話は全部忘れてくださっても結構ですが、この話だけはぜひ覚えておいてください。
その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。
 話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。 
 「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。
 「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。
 「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。
 「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。
 私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」と言います。「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。
 担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。
 これは決して、原子力防災の八キロとか十キロの問題ではない、五十キロ、一〇〇キロ圏でそういうことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っていることを絶えず知っていてほしいのです。

原発がある限り、安心できない

 みなさんには、ここまでのことから、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。
 チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。
 でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用です」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。
 原発は確かに電気を作っています。しかし、私が二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということです。それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。
 みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。
 それから、今は電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。それは、今作っている以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。
 そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。
 だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。
 ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと思っていあす。
 原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから。

優しい地球 残そう子どもたちに

筆者「平井憲夫さん」について:

1997年1月逝去。 
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。

e-kochi

原子力発電がなくても暮らせる社会をつくる国民会議
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IAM


転載元:
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html

「知足」 消費を減らす



まずはエネルギー消費の抑制にこそ目を向けなければなりません。


 いったい、私たちはどれほどのものに囲まれて生きれば幸せといえるのでしょうか。
人工衛星から夜の地球を見てみると、
日本は不夜城のごとく煌々と夜の闇に浮かび上がります。
建物に入ろうとすれば自動ドアが開き、人々は階段ではなくエスカレーターやエレベーターに群がります。
冷房をきかせて、夏だというのに長袖のスーツで働きます。
そして、電気をふんだんに投入して作られる野菜や果物が、
季節感のなくなった食卓を彩ります。

日本を含め「先進国」と自称している国々の人間が、
生きることに関係のないエネルギーを膨大に消費する一方で、
生きるために必要最低限のエネルギーすら使えない人々も存在しています。
 
 残念ではありますが、人間とは愚かにも欲深い生き物のようです。
豊かさや便利さを追い求めながら、
地球温暖化、大気・海洋汚染、森林破壊、酸性雨、砂漠化、産業・生活廃棄物、
環境ホルモン、放射能汚染、さらには貧困、戦争など、
多くの“人災”を引き起こして地球の生命環境を破壊しています。
種としての人類が生き延びることに価値があるかどうかは、私には分かりません。
 
 しかし、もし安全な地球環境を子どもや孫に引き渡したいのであれば、
その道はただ一つ。

「知足」しかありません。

代替エネルギーを開発することも大事ですが。
まずはエネルギー消費の抑制にこそ目を向けなければなりません。

 一度手に入れてしまった贅沢な生活を棄てるには、苦痛が伴う場合もあるでしょう。
これまで当然とされてきた浪費社会の価値観を変えるには長い時間がかかります。
 しかし、世界全体が持続的に平和に暮らす道がそれしかないとすれば、
私たちが人類としての新たな叡智を手に入れる以外にありません。

                  (小出裕章『原発のウソ』扶桑社新書)
 

2014年5月6日火曜日

東京湾の放射能汚染 2014年3月にピーク 閉鎖性が高いため、汚染は10年以上にわたって続く

▶ 20120115 知られざる放射能汚染 ~海からの緊急報告 - Dailymotion動画





(以下、転載です)
1.海洋汚染について
11月に東京海洋大学の神田教授、石丸教授と一緒に原発の20km以内の海域の調査を始めて行いました。調査願いを出して3ヶ月かかったそうです。主に海底土の汚染具合の調査を行いました。半径20kmの海域を、5kmごとに調査を行いました。
原発の港湾入口の海底土を調査した所、4520Bq/kgのセシウムが観測されました。ここの海水の15000倍もの汚染です。今はもう海水の汚染はそれほどではないのですが、海底土の汚染がどうなっているのかを調べました。
その結果、やはり原発近くが一番高く、南側に広がっていましたが、セシウムの量が高い地点はまだらに広がっていました。ここでいうセシウムはCs-137とCs-134の合計だと思うのですが、そこは確認できませんでした。
次 に、福島第一原発の南東約20kmの漁場で調べた所、海底土のセシウムが304Bq/kg、海底にいるゴカイが130Bq/kg、それを食べるナメタガレ イが316Bq/kgというデータが得られ、底魚では、海底土とほぼ同じ程度のセシウムで汚染されていることが今回初めてわかりました。
前回のETV特集でも出てきましたが、川から流れてきた水は、地球の自転とか密度差の問題から、南に流れていく性質があるそうです。従って、沿岸では海底土の汚染も南に向かっていくのではないか、と考えられました。
そう思って茨城県の沿岸を南にずっと調査しました。この調査には、いつもの岡野先生の開発した特殊な機械を用いています。この機械を用いると、その場で海底土の放射能濃度もだいたい測定できるのです。
その結果、高萩沖(原発から80km)の岩場の堅い地質の所では30Bq/kg前後で低かったのですが、もっと南のひたちなか市(原発から120km)では、海底に泥がたまっているため、高い(380Bq/kg)濃度の海底土のセシウムが検出されました。
また、11月のETV特集において38Bq/kgだった銚子沖では、2ヶ月後に測定した今回は112Bq/kgと3倍近くに増加していました。
2.湖沼の汚染について
群馬県赤城大沼のワカサギから、8月に640Bq/kgのセシウムが検出 されました。その原因を調査していくと、この赤城大沼はまわりの山から川の流れで雨 水が流れ込んでくるだけで、出て行く河川は沼尾川だけでした。そのため、赤城大沼の湖沼には、20cmの深さにまでセシウムがたまっており、 950Bq/kgのセシウムが湖底の泥から検出されました。
群馬県水産試験場の鈴木さんと一緒に調べた所、プランクトンは296Bq/kgでした。このプランクトンの寿命は数週間しかありませんので、9ヶ月経ってもプランクトンに汚染が出るということは、セシウム汚染がすでに湖沼の中で循環していることを示しています。
つ まり、下の図のように、まわりの山や川から流れ込んだセシウムが湖底の泥としてたまり、それをプランクトンが吸収し、プランクトンを食べるワカサギやイワ ナ、ウグイなどに汚染が進むということなのです。死んだ魚はまた湖底に沈み、分解されてまたセシウムの循環サイクルを続けていきます。
おそらく、赤城大沼のように水の循環があまり多くない所では、湖底の泥にセシウムの汚染がたまってしまった以上、この泥を取り除くことをしない限り、10年の単位で汚染は続くのではないかとこれを見て考えました。
番組では、チェルノブイリの時のデータを示してくれていました。ロシアの国立放射線監視センターのデータを示してくれています。ここでは、25年にわたって、毎週淡水魚を採取し、その放射能汚染のデータを蓄積し続けている世界で唯一の場所だそうです。
そ れによると、当初100000Bq/kg程度あった魚のセシウム(これはCs-137です)は、5年間で1/100程度にまではさがりましたが、その後は ほとんど下がらず、20年以上経ってもあまり変わらない数値になっています。おそらくもうこのあとはCs-137の半減期の30年の単位でしか減少していかないでしょう。
このことから考えても、淡水魚の汚染は海のように循環が少ないこともあり、長く続く可能性があります。ただ、チェルノブイリのデータをみても、当初 の5年間 で1/100程度に低下しています。赤城大沼のワカサギも、現在が仮に1000Bq/kgであっても、数年経てばCs-137だけでも1/100として 10Bq/kg程度になる可能性があります。また、Cs-134は、半減期が2年ですのでもっと早く減少するはずです。
3.東京湾の汚染と川の汚染
8月から2ヶ月かけて、近畿大学山崎教授と一緒に東京湾の海底土の調査を行いました。水深10m程度の泥を26ヶ所調査した所、多くの場所で100Bq/kg以下でしたが、驚くべきことに江戸川と荒川の河口付近が非常に高く、872Bq/kgものセシウムが検出されました。
これは、江戸川や荒川から流れてきたものと考えられました。
東大の鯉渕専任講師は、江戸川の川底の泥のセシウム汚染を調査しています。鯉渕さんによると、川の下流は潮汐によって海水と混じり合うため、塩分を含んでい ます。ただし、海水の方が塩分を含んでいて密度が高いために重く、完全には混じり合いません。シミュレーションを見せてくれていましたが、川の淡水に含ま れて流されてきた泥は、海水と混ざり合う際に塩分の影響で「凝集」という状態になります。つまり、泥がだんごのようにくっついて小さなかたまりになって下 に落ちていくのだそうです。
鯉渕さんの調査によると、河口から8kmのポイントが一番汚染が高く、1623Bq/kgもの汚染がありました。河口が872Bq/kgですから、その2倍です。
このようなことは他の川でも起こっているはずです。
京大防災研究所の山敷研究室のシミュレーションによると、平地から川を通じて東京湾に流れてくるセシウムは、まず6ヶ月で川に移動するそうです。
そして東京湾のセシウムが最大になるのは2年2ヶ月後だそうです。
東京湾はかなり奥まっていて拡散しにくいので、この汚染は10年以上続くということでした。
今回のまとめです。
1.海底土の汚染の調査の結果、泥の動きに従って海底の汚染は移動することがわかってきた。これが陸上の汚染との大きな違いである。
2.これまであまり調査されていない湖沼の汚染も進んでいる。特に水の循環のあまりない湖沼では、一度汚染されるとその汚染が長期間続く可能性が高い。
3.東京湾も、江戸川下流からくる泥によって江戸川河口付近が汚染されている。シミュレーションによると、2年後くらいが汚染のピークで、その後も10年近く汚染は続く。

掲載元:
http://shinurayasu.wordpress.com/2012/01/16/江戸川・荒川「河口ホットスポット」に囲まれた/
関連:
http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-1296.html